松下牧場の酪農体験

静岡県富士宮市・松下牧場

搾乳体験
「ワー 臭い」バスから降りた子供たちの第一声である。今日も五十人の酪農体験です。
バスから降りて口元を押さえる子供達を、まず、搾乳体験場へ連れて行き、参加者全員にブーツカバーを履いてもらいます。
ここの担当は息子の寛です。
「まず牛に触って診て下さい」
子供達は、牛の大きさに驚き、恐る恐る指一本で触る子、手の平で撫でる様に触る子、「ワー温かい」などと、しばらく間を置くと、少し子供たちも心が和んできます。
頃合いを見計らって寛は牧場と注意事項の説明に入り、手洗いをさせます。
乳搾り体験に入る前に、乳量当てクイズを出しておきます。
ミルカーでの機械搾りになり出て来る多さにびっくりしながら、「おい、ウシ君もっと出してくれ」「もうその位でいいよ」声は様々である、先生も真剣、何故なら賞品が出るからである、一つ一つ楽しみながら体験が出来る工夫です。

牛舎内の体験
今度は牛舎に入って、給餌、ブラッシング、掃除です。
喜んで飛び込むように入って来る子、口を押さえながら恐る恐る入って来る子様々です。
私が牛舎内での注意事項や説明を行い、「では始めて下さい」
ブラシを持つ子、スコップを持つ子思い思いに行動が始まり、少し経つと「しっぽでたたかれました」「この牛の反対側もブラシを掛けてもいいですか」色々な声が聞こえて来ます。
しっぽが上がりウンチがぼとぼとでてきました「君この仕事してくれる」と道具を渡しながら「そのままにして置くと牛が汚れてしまうだろ、だから汚れないように奇麗にするのだよ」とウンチの掃除の仕方の説明をすると、隣に居た女の子が「私もやりたい」と言い道具を渡すと二人は一生懸命に始めた。
しばらくして二人の様子を見ると、大勢の子供達が道具を使って掃除をしています。
牛床に敷いてあったオガ粉がきれいに取られバーンクリーナーで運ばれている。
「おじさん次は何をしたらいいですか」一人の子がいってきました。
子供達は、いつの間にか夢中で仕事をしています。
「今度はバター作りをしますから、道具を元に戻して外に出て下さい」大きな声で言ってもなかなか子供達は外に出様としません。
何回か声をかけるとようやく出始めます「あーあ楽しかった」「もっとやりたかった」口々に言いながら外へ出ていきます。

バター作り(担当は知世 息子の嫁)
今度はバター作りです。
石鹸で良く手を洗い、消毒層に手を浸けてから芝生の広場に移動します。
「今度はおいしいパンの食べられるバター教室を始めます」「ワー」拍手と同時に歓声が上がり、バター作りの始まりです。
牛乳のサンプルと紙芝居で牛乳とバターが出来るまでの説明をしてから、バター作りの始まりです。
「では今から音楽を掛けます」リズム感のよい女子十二楽坊の自由、スマップの世界で一つだけの花などテープにとって流します。
「えー」笑いに似た歓声が上がりビンを降り始め、音楽に合わせて踊りながらビンを振る子、芝生の周りを走りながら振る子、ただひたすら振る子色々です。
何分かすると「できたー」大喜びでパンと牛乳をもらいに来る子供達、芝生のシートの上やベンチで食べている子供達の幸せそうな顔、その頃音楽もハイテンションの曲からゆっくりした心落ち着く曲に変わって居ます。

二つの種の話
最後に、子供達に集まってもらい今日の酪農体験が楽しかったかどうかを、親指で示してもらうと、皆「楽しかったー」とニコニコしながら親指を上に向け答えてくれます。
そこで、「最後におじさんが皆の心の中に二つの種を蒔きます」と言って命の大切さと食べ物の大切さの話を始めると、皆静かに、真剣に話を聞いてくれます。
後日、学校から子供達の手紙が届き、読んで見ると「先日は酪農体験有難う御座いました、乳搾りが楽しかったです。」とか「牛が最初は怖かったが慣れてきてとても可愛かったです。」「バター作りが楽しかったです、パンもおいしかったです、最後におじさんの話してくれた、二つの種の話は心に残っています、この二つの種を大事に育てていきます、ありがとうございました。」と言った内容のお礼の手紙です。
この様な手紙をもらうと心が和みます。
「アーやって良かった。」と思う瞬間です。
この様な体験になるまで十年余りの歳月がかかりました。

開拓者の創始による酪農地帯
我が牧場は、静岡県富士宮市の朝霧高原に在り標高八五〇メートルに位置し、父母が長野県から戦後開拓者としてこの地に入り、水も無く、痩せた荒野を耕し、牧草地を造り、基盤を造って来ました。
開拓者の中で唯一牛を飼った経験のある父は、皆に牛の飼い方を教え「お産だ」と呼びに来れば飛んで行き、各地に牛を買いにも行きました。
苦労の末、皆で造り上げて来た成果が、今の朝霧高原の酪農地帯になったと思います。
経営が私達の時代になり、しだいに牛乳が余り始める様になって来ました。

酪農教育ファームに夢を
牛乳が余り減収となり、経営を何とかしなくてはならないと考え始めていた頃、県立野外活動センターの所長に「今度活動センターをリニュアルオープンさせるのだが何か出来ないだろうか」と相談されました。
ちょうど同じ年の五月に富士ミルクランドがオープンしました。
何人かの仲間に声をかけ、農業体験組合を作り、全国牧場スタンプラリーに参加し、皆で看板を作り資金が無いので近くのお店やオートキャンプ場などにスポンサーとなってもらい体験マップを作りました。
最初は乳搾りとバター作りをして、収入になり、少しでも酪農を理解してもらえれば良いと考えていました。
しかし、反省会や忘年会で酒を酌み交わしながら「命の話をしたら子供たちが真剣に話を聞いてくれた」とか「どうしたらもっと多くの人たちに来てもらえるか」と夜遅くまで議論を交わしました。
そのうちに、現実を知らない子供達に酪農家の牛に対する考え方や思いを伝えなければいけないと言う事になり、今のような体験組合のプログラムができました。
私はどうしたらうまく伝えられるか真剣に考え、紙芝居など作り、楽しく出来る酪農体験にしたいと思い、今の様な形になりました。

今、我が家では私たち夫婦と息子夫婦でやって居ります。地域の若い後継者や息子たち夫婦が少しでも夢を持って行える様な酪農であって欲しいと思うこの頃です。
また、次の時代を担う子供達に命の大切さや食べ物の大切さの種を育てて欲しいと願っています。
その為にも酪農教育ファームが多くの人達から支持され、酪農のもう一つの原動力となって欲しいと願っています。