カッコウ

鹿児島県出水市・山の牧場

今年の3月、わが家の乳牛の群の向こうの森で珍しくカッコウが鳴いた。
今の場所に入植してしばらく間、毎年3月になると1ヶ月間位はカッコウの鳴く声が毎日聞こえたものであったが、そのうち来なくなったらしく聞く事もなくなっていた。

40年近くも前のこと、「山を拓いて牛を飼う」と心に決めて、そのために20代の半ばだった私は、北海道十勝のある酪農家に住み込み実習生として受け入れて貰った。
三島由紀夫氏が東京市ヶ谷の自衛隊で自決した年だった。

実習が始まったのは5月だったが、朝から晩までよくカッコウが鳴いた。
夜、隣のフトンのそのうちの中学生に「カッコウがよく鳴くネ」と言うと、彼は「鈴木さん、カッコウの鳴き声何て聞こえる?」と聞く。
「カッコー、カッコーて言ってるヨ」と私が言うと、彼は「ここではネ、カッコウはマメマケー、タネマケーて言って鳴くんだヨ」と笑って教えてくれた。
バカボンドの私には、のどかで平和そのものに聞こえるカッコウの鳴き声も、ここの地に根をおろして生活している地の人には全く違ってきこえるんだ、と感心したことを覚えている。

十勝で実習の後、2年ばかり各地をさまよったが、第二の故郷、鹿児島でやっと入植が決まり、この出水市上場にやってきた。
仔牛2頭からのスタートだったが、やがて牛も牛群という程の数になり、所有地も牧場と言える程に広くなり、トラクタや各作業機の数も増え、そして同時に借入金も増えた。
今の奥さんが見かねてお嫁に来てくれ、男2人、女1人の子供にも恵まれた。
その頃は毎年春に入るとカッコウが来て、少し離れた森の中から「しっかり!」「ガンバレ!」と鳴いて励ましてくれた。
景色はいいが、営農条件は決して良好とは言い難い場所であると言うこともあって、借入金の返済にはほんとうに難儀をしてきた。
35年の酪農人生は借金返済人生であったと言ってもいい位である。

10年くらい前だった、鹿児島県酪農協の会議室で「きいれ牧場」の鎮守さんが「鈴木さん、全国規模でこんな事が始まっています。入ってみませんか?」と声をかけてくれた。
「鎮守さん、私自身は借金返しで精一杯でとてもそれどころではありません。しかし、家内なら彼女の仕事の合間にできるかもしれません。」と言って家に帰ってきた。
話をすると「何かしないといけないと思っていた、旅費の手当もあるようなのでお父さんやって見たい」と言う。
こんなことで鈴木の牧場「山の牧場」も皆さんの仲間に入れて貰うことになった。

以来、研修など皆勤賞かと思うくらいよく参加してきた(我が家をほったらかして)。
その成果か、牛乳をたくさん使った菓子の類が食卓に上がるようになった(クッキーやシュークリームなど)。
手作りのアイスクリームもできるようになった。
昨冬は耐火レンガを使った石窯を作らされた。
何回かピザなどを焼いているうちに段々と上手くなってきたようである。
私自身は、「オレ日本人。」というくらいパンやピザみたいなものはほとんど口にしないガチガチの和食党なのだが、この石窯で焼いたものは食べられるようなった。意外と旨いのである。

今年8月8日、昨年に続いて2回目のオープンファームディをやった。
手作りアイスクリームと石窯料理(パンとピザ)ということで新聞に載せて貰ったり、友人に呼びかけたりしたら、大人と子供20人位が集まってくれた。
午前11時に用意していたテントを皆で「ヨイショ!」と建て上げて、「始めはアイスにしよう」ということでアイスクリーム作りが始まった。
20分位かかったが、どのグループも程よく固まってきたので試食。
あるご婦人は「おいしい!」と目を丸くしたまま絶句した。
他の人達も子供達も「おいしいおいしい」と言ってはしゃいで食べてくれた。
次の石窯料理もそれぞれ順番に生地を自分で伸ばして、自分好みのトッピングを載せて釜に入れた。
次々と焼き上がるのを老いも若きもおいしそうに食べてくれた。
最後はピザ生地をそのまま釜に入れてパンが焼き上がるのを待った。
その間もう一回、今度は電気を使って旧式のアイスクリームメーカーが働いた。
私のところは標高600mで真夏は大分涼しいのだが、3時になっても誰も帰ろうとしないのがおかしかった。

さて、「カッコウ」のことであるが、この前カッコウの抱卵の様子をテレビで見た。
カッコウは、他の鳥の巣に卵を生みつけ、その鳥は自分の卵もカッコウの卵も区別なく抱卵し孵化させ、更にはセッセとエサを運んで育てる。
その鳥のヒナはついに、一回り大きなカッコウのヒナに巣からいびり出されてしまうから残酷でさえある。
しかし、振り返って自分の酪農という仕事を見ると、まさにカッコウと同じ事をやっているのである。
雌牛に仔牛を生ませると牛乳が出る。
母牛からみれば我が子のための乳であるはずだが、酪農家はこれをほとんど横取りする。

話が通り抜け不可な袋小路にはまってしまった。
人はすべてこういう生き物だから、これは仕方ないと割り切らないと仕方がない。

カッコウは、のどかに鳴いて聞く人の心を平和にする。
私の酪農も、せめてこのカッコウのようでありたいと思う今日此頃である。