広野牧場30年の歩み
~夢を次の世代へ~

香川県木田郡・広野牧場

私は5人兄弟の末っ子として生まれ、小さい頃から動物や植物を育てること好きでした。
中学生になり、自分の職業を決める頃には農業をやりたいと思っていました。
両親の意見もあり高校は普通科でしたが、どうしても農業へ進みたく、県立農業大学校へ進学しました。
そこで酪農と出会い、北海道とデンマークで2年間研修をしました。
北海道では酪農経営の厳しさまた、やりがいを、デンマークでは農業の社会的地位が高く、地域社会との交流を通じて社会貢献をし、自信と誇りを持って経営している姿に感銘を受けました。
この経験で「やれば出来る。酪農こそ、自分の努力と工夫次第で夢が実現出来る職業だ」と思うようになりました。

帰国後すぐに酪農経営を始めようと計画をしましたが土地も無い、牛もいないという現実から止むなく、地元JAに就職し4年が過ぎました。
だがどうしても酪農への夢が諦められず、妻の後押しもあり、勤めながら10頭の子牛の育成を始めました。
その子たちが分娩する2年後、昭和54年に退職し、資金を借り入れ20頭から酪農経営をスタートさせました。
しかし、この年から生乳の生産調整が始まり、新規に始めた私達にはどうにも出来ず、多額の借金を抱え、これから先の事を考えると夜も眠れない日が続いたこともありました。
それでも仲間に助けられ、経営を続けていくことができました。
少しでも多くの牛を飼い、牛乳を搾ることだけを考え、誰にも任さずに自分でやることだけを考え増頭してきました。
成牛40数頭になりました。

平成7年に牛に蹴られ、3ヶ月近く入院することになりました。
がむしゃらに仕事をしてきた私自身が現場から離れることは考えてもいませんでした。
その時は妻が中心となり、ヘルパーや友人の助けを借りて牛を飼うことができ、退院したときに牛舎に牛がいたことに感謝しました。

入院中は色々なことを考えることが出来ました。
人生山あり谷あり、経営の転機となったとき、続ける為に何が必要で何をしなければならないのか、目先の問題にとらわれない目標が必要だと実感しました。

そして地域交流牧場全国連絡会との出会いは、平成12年、岡山全共で、何気なくブースの前を通ったとき声を掛けてもらいました。
お話をさせていただいた中で、色々な考えで色々な経営スタイルの方たちもいるんだと、目から鱗が落ちました。
その場ですぐに入会を済ませ、交流牧場との付き合いが始まりました。
この出会いにより酪農経営の可能性が広がりました。
牛を育て牛乳を搾るだけが酪農じゃない!消費者が求めているもの、酪農家が伝えなくてはならないものが沢山あると思います。

交流牧場の仲間は色々な考え方で経営をしている方がいらっしゃいます。
その中で新しい発想が生まれ、活力が育ち、発展していく、広野牧場もこの交流牧場全国連絡会の多様性を生かしたネットワーク作りで進化し続けたいと思います。

人の多くはどうしても楽な方を選ぶし、不平不満が出てきます。
その時、立ち止まって良く考えてみる、「なぜ」と。気付けば解決の道も見えてきます。
多くの人との出会いが自分を育て、経営を発展させてくれていると思います。

酪農は人を育てることにおいて大きな力を持っていると思います。
人はみんな成長したいと思っています。
育つ喜び、育てる喜び、そこに関わって行く事で自分自身も成長できると思っています。

酪農を取り巻く環境は厳しくなっていますが、既得権の上に立った発想ではなく、自分にとって本当の目標を見つけ経営をしていれば、結果はついて来ると信じています。

広野牧場も30年になります。私自身の大きな目標であった200頭規模の経営になれたことに感謝し、次の世代へ夢が持てる酪農を作るために、また農業を価値のある職業へしていく為に、多くの仲間とこの想いを伝え続けなければならないと思っています。