私の酪農ロマン

宮城県白石市・南蔵王不忘高原牧場

私の牧場は、宮城県白石市の西方に位置し、蔵王連邦の最南端、不忘山のふもとに広がる南蔵王山麓にあります。
成牛40頭、育成牛25頭規模の牧場で、私達夫婦と娘夫婦、それに孫2人と母の7人家族で、互いに牧場の未来に夢をはせながら、日々、努力をしているところです

この蔵王山麓一帯は終戦直後から開拓された地域で、非常に自然の厳しい所ですが酪農を営むには最適の場所であり、宮城県では屈指の酪農地帯でもあります。
開拓当初から酪農を始めた訳ではなく、酪農にたどりつくまでには、原生林の伐採から始まり想像を絶する苦難の道がありました。
とにかく作付けるものはみなうまくいかず、失敗の連続だったようです。
それでも、この地を理想郷にするという強い信念のもと、開拓民一同、血のにじむような努力と試行錯誤の結果、酪農にたどりつく事が出来ました。 昭和30年前後です。
そんな親の苦労を見ながら育った私も、いつしか開拓ロマンと酪農に夢を抱くようになり、同年代の者が都会に憧れ集団就職列車に乗って行くなか、この地に残り、酪農と拓魂というロマンを追うことにしました。

現在の我が家の牧場は、自然との調和のとれた循環型酪農(農業)を目指して実践をしているところです。
また、牛飼いのみに没頭するのではなく、常に夢とロマンをもち、社会の人々に受け入れてもらえる酪農を目指しています。
当初は、「小さな分校に通う娘たちや他の子供たちに、都会の子供たちと交流をさせたい」という思いで始めた体験受け入れでしたが、子供たちの真剣な眼差しや笑顔に私たちが感動してしまいました。
それをきっかけに、年数回の受け入れを実施してきました。そんな折に、地域交流牧場全国連絡会が設立されることを知り、参加をいたしました。

地域交流牧場全国連絡会の視察研修会や交流会、全国研修会と多くの研修会に出席させて頂き、酪農のもつ社会的な役割と、命の学びや食育等の多面的な役割や機能を改めて認識をし、社会的にも教育的にも無限の活用の仕方があることを学びました。
今は亡き酪農教育ファーム推進委員会事務局の伍代正樹氏編著の「体験を通して豊かな人間を育む酪農教育ファーム」の最終ページに次のような文が載っています。

生命と温もりの中で営まれる「酪農」のすばらしい教育的環境を子供たちに貸してください。 温かい心の子供が育ちます。
自分の仕事を誇りとともに、ありのままに伝えて下さい。 そこに「厳しさ」や「辛さ」もあるなら差し支えない程度でそれも子供たちに話してやって下さい。
自分の生き方を真剣に見つめる子供たちが育ちます。


私は、この教えにすごく感動をしております。そしてこれを常に心に刻み実践をしているところです。

地域交流牧場全国連絡会が発足して16年を迎えた昨今、酪農の現況は飼料の高騰で非常に厳しい状況にあり、このままでは日本の酪農はだめになってしまいます。
多くの人に日本の酪農を知ってもらい、牛乳や国産の乳製品に対する意識を高めてもらうようアピールする必要があります。
そのためにも我々、地域交流牧場全国連絡会の活動は重要であり必要欠くことの出来ないものであると認識をし、活動をしております。

輸入食品の農薬残留問題や食品偽装問題などで食の信頼が失われつつある今だからこそ、私達の生産する安全な国産の牛乳、乳製品や肉等をアピールし、日本の酪農に対するサポーターを増やしていかなければなりません。
このことをもっと多くの酪農家の方にも理解をしていただき参加をしてもらいたい。そして我々の活動を通して社会に、全国の消費者に、発信をしサポーターとしてバックアップしてもらえるよう努力しなければと思っております。

これからの日本の酪農が明るいものになるよう、今この苦況を試練の時と位置付け、酪農理解の促進と牛乳のアピールに力をそそいで行きたい。
そして多くのサポーターが生まれ、日本の酪農を、この牧場を、未来永劫まで支え合ってくれるようになることを切に願ってやみません。