輝く瞳とあふれる笑顔

埼玉県坂戸市・シンボライズファーム

「ウシさーん。」「ウシさーん。また来てねー。」
私が、はじめて市内の幼稚園へ親牛一頭、子牛一頭を連れて行った昭和五十五年秋のことです。
この時の、幼稚園児たちが牛や私に向けた大きな歓声と輝く瞳とあふれる笑顔に、乳牛の改良に燃えていた私に新たな牛飼い人生へのエネルギーが注入されたと思います。

当場は、父が昭和二七年乳牛を導入しての米麦・養蚕の複合経営から、私が北海道酪農学園から戻った昭和四八年、酪農専業へと転換しました。
父は、農家の長男として生まれるも何故か工業高校卒で、工場勤めの経験もあります。 従って、酪農については深く学んだことは無く、私に寄せる期待は大きかったようです。

消防団やPTA等の地域活動も熱心だった父が教育委員としての公職を受けた数年後の昭和五三年、幼稚園に乳牛を連れて行くというので、私は計画生産も始まり消費拡大になるからと準備を手伝い、二年間は父が連れて行きました。
三年目に、「都合で連れて行って。」と頼まれての冒頭の牛さんコールに、これまで味わったことのない良い気分を感じ、酪農という仕事が別の角度から評価されたようで実に爽快でした。
一方、幼稚園の先生方や保護者のお母さんたちへの生産情報が欠落していることに気付きました。 従って、都市近郊酪農の役割の一つとして、大切な活動だと感じたのです。

以後、園児たちに飽きさせず分かりやすい話の材料を調べ、新鮮であまりに素朴な園児の質問にドギマギしながら楽しみ、大人たちには初歩的な生産情報をやさしく伝え続けてきたのです。 だから、自分のコミニケーション技法は、自然に園児たちに磨かれてきたものだと思います。
やがて、中学生・高校生の職場体験も受け入れるようになり、こんな活動の必要性を感じていた折に伍代さんから声を掛けられ、地域交流牧場全国連絡会の発足や酪農教育ファーム認証牧場の誕生に微力ながら加わることができました。
そして、わくわくモーモースクールという出前授業を通じて、酪農の教育的価値を広くPRできたと思います。何よりも、酪農家が力を合わせ酪農を伝えようとする行動の広がりを見ているのがうれしいのです。

地域交流牧場全国連絡会は、既存の生産者組織にはない、「日本酪農に対する理解や支援を獲得すること」を目的に掲げています。
生産者の積極的な活動組織として、その存在意義は今後とも高まると感じています。

酪農教育ファームが、二十年度から新たな方向性を示す中で、その担い手として会員の役割は増すと思いますが、オープンファームとの色分けをはっきりしなければならないと思います。
交流活動を基盤に据え,地産地消の流れの中で製造加工をもっと前面に置いて進めてもらいたい。
何にせよ、地域交流牧場全国連絡会の会員には、その活動のエネルギー源として、子供たちの「輝く瞳とあふれる笑顔」があります。
だから頑張れます。