教育農場として、67年

栃木県那須塩原市・自由学園那須農場

自由学園那須農場は、1941年、学校法人自由学園の創立者羽仁吉一・もと子両氏によって、那須野が原に開かれました。土地は蛇尾川沿いにあり、大雨が降ると川が溢れ、水と共に石が農場に流れ込むという人も住まない土地でした。男子生徒を厳しい状況のもとで育てようという思いで、開拓が始まりました。
当初は、近くの接骨木、横林地区の農家に世話になり、雑木を切り倒し、石をどけるという作業を鍬、ツルハシ、モッコと馬の力で行い、戦中・戦後期、まずは食料(いも、麦、陸稲)の生産に取り組みました。
1945年、はじめての乳牛「暁」を購入、酪農が始まりました。
1947年からの25年間は、将来農村の中堅たるべき、黙々として土と取り組む実践的人物を養成したいと考え、農学塾が続けられました。この期に、近隣の試験場や大学農学部などの指導を得て、畑作、酪農、果樹、加工など、農業としての力をつけていきました。
しかし、高度成長期に入り、希望者が少なくなり、また、農業高校などの充実により1972年に農学塾は、閉じられました。

その後は、機械化も進み、農場員により、この地にあった酪農経営主体の農場作りが行われました。その結果、ホルスタインの体型的優劣を競う全日本ホルスタイン共進会において、全国大会に栃木県代表として、4年に一度の全国共進会に連続5回出品するまで力をつけていきました。
2000年になり、これからの時代は、子供たちが、環境のこと、自然のこと、農業のことなどを実際に体験しながら、これからの社会のことを考えることが大切だと考えるようになりました。そこで、地域交流牧場全国連絡会に加入、「酪農教育ファーム」の認証制度が発足して認証を受けたことを機会に、体験を自由学園生徒以外からも広く受け入れるようになりました。それと共に、施設なども受け入れやすいように整備していっています。

また、酪農面では、現在、経産牛57頭・育成牛約40頭で、2001年から放牧を取り入れ始め、徐々にその対象を拡げ、現在は育成から搾乳牛まで、ほぼ終日放牧による形態で飼育しています。
さらに、2004年からは、自家製アイスの製造・販売も開始、2006年からは、遺伝子組み換え飼料不使用・那須酪農家限定牛乳として、栃酪乳業に出荷しています。
放牧による経営的な効果はというと、飼料の高騰で吹っ飛んだ感がありますが、購入飼料節減、産児数の増加、牛の疾病の減少、糞尿処理作業の軽減などがあげられます。でも一番は、牛のいる牧場の景観でしょうか。のんびり草を食んでいる牛がいる風景は、見る人の心をなごませます。 今、農業の役割は、ただ生産物を出荷するのみではなく、国土の環境をより良く保つ、さらに、景観を良くすることにより人々に安らぎを与えるなど、多面的な役割が認められつつあります。
わが農場も、これらのことを念頭に安心安全な生産物を作りつつ、環境、景観の面でも地域に貢献していきたいと考えています。現在、農場員5名、私は3代目の農場責任者です。 ぜひ一度、足を運んでください。