あしたも天気になぁ~れ

消費者交流活動の楽しさを求めて

北海道浜頓別町・小川牧場

私たちの住む北海道浜頓別町は、日本最北端の稚内市をオホーツク海に90㎞南下したところに位置し、酪農と漁業の第1次産業を中心にした人口4400名の小さな町です。
町の中心から12㎞山間に入ったところに、95頭の牛を飼う入植3代目の私の牧場があります。
祖父は大正初期に秋田県からこの地に入植し、血のにじみ出るような労苦の中で開拓に精をだし、今日の生産基盤を築いてくれたのです。緑一色の広大な大地を見るとき、先人が切り開いてきたこの地をしっかりと守り、後生に伝えていく責務を感ぜずにはいられません。
私の住む集落は、8戸の酪農家を中心に総世帯数30戸たらずの集落です。
いまから13年前の1995年に集落の中にある小学校を児童数の減少から廃校の危機に追い込まれたとき、学校の維持発展は不可欠との思いから山村留学制度の取り組みを始めました。山村留学で、都市からやってきた家族の方々は、私たちの山奥で生活しているのを見て「とても素晴らしいところに住んでいるのですね。」と感激するのです。
この地がそんなに素晴らしいのであれば、もっと多くの方々に体験していただきたいとの思いから、ファームインを始めたのが1999年でした。
ツイン3室、シングル1室で浴室やトイレは共有の小さなファームインです。
古い住宅を改造したもので、許認可を得るのには苦労しましたが、毎年わずかな人数ですが田舎での生活を体験していただいています。

その後、牧場への来訪者も増え、腰を下ろして休む場所もほしいとの思いから、茶屋をオープンさせ、コーヒーや1日5食限定のビーフカレーを販売しました。
しかし、お客さんから「牧場にいるのに何故、牛乳が飲めないのですか。」という声を多く聞くようになり、保健所と相談しこの場所でだけ飲料する事を約束して乳処理業の許認可を受け、「搾りたてのぶんちゃん牛乳です。」といって 飲んでもらえるようになりました。
「東京から来ました。ここにきたら搾りたての牛乳が飲めると聞いてきました」とか「ベニア原生花園でフラワーガイドさんに、お昼だったらぶんちゃんの里のビーフカレーが美味しいよ、と勧められてきました」と訪ねてきてくれるお客さんがいます。
牛乳一杯で旅の話が弾み、大盛りカレーを平らげて酪農の話が続きます。茶屋から見える牧場の牛の風景に歓喜をあげてくれます。
韓国から自転車を抱えて稚内に降り立った青年は、100㎞の道のりを片言の日本語で我が家のファームインまで来てくれました。私たちにとっての初の国際交流は、応対を担当している妻の四苦八苦の努力で「とても楽しかった」と喜んでもらえました。
交流活動を初めてからまもなく取り組んだ、酪農教育ファームや酪農実習生の受け入れの活動は私たちの生活をより楽しいものにさせてくれました。
訪れる子供たちや家族ずれに、酪農のお話や搾乳体験などを通して命や食の大切さを伝えています。
「あそこにいる子牛さんを見てごらん。オス牛のため明日売られていってしまいます。寂しそうでしよう。1年半たったら殺されて肉になって人間に食べられちゃうんだよ」という話にションボリしてしまう子供たち。
「牛の命をいただいて私たちは生きているんだよ。だから命を大切にね」と話すと、子供たちはうなずきの表情を見せます。おとうさんは「私が教えなければならないことを言ってくれてありがとう」と感謝の言葉をくれます。
様々な課題を抱えながら酪農実習に心の癒しを求めてやってくる若者もいます。きつい臭い、大きい牛に戸惑いを感じながらも、懸命に前を向こうとする姿にたくましさを感じます。
「私、高校に入り直します。」と言う言葉を残して元気に戻られる若者もいます。まさしく牧場には学ぶべき事がたくさんあることを実感する瞬間でもあります。
私の消費者交流は何もない山奥での活動です。一杯の牛乳、30分の体験は、消費者とがっちりと絆を結ぶときで、とても楽しいです。
私は、こうした消費者交流活動に経済的利益を追求しないことを目指しています。
それは、交流活動を通して私たち自身が楽しむことを第一に考えているからです。訪れていただいたお客さんに、私たちのさりげない言葉や体験からたくさん感動してもらうことが最大の利益だと思っています。
遠い将来を見つめることも大切かもしれませんが、明日の生活がより楽しくなるよう生きていきたいと思っています。
まさしく「あしたも天気になぁ~れ」と願って。